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実際はまちがっていること


2013
10.21

電話のベルあるいは機械的なシグナルは外的コントロールで、自分たちを応答させるものである、とほとんどの人が考えている。次の信条では、第一の信条から推測できるもので、このコントロールは常に行動している人の外側にいる誰かである。例えば、子供に「庭の芝を刈りなさい」という親、「授業中におしゃべりをしないで」という教師、あるいは「おまえが俺を怒らせた」と妻に対して言う夫である。そして次の信条は最も破壊的なもので、夫、妻、親、教師、上司は自分の言うことを聞くことが相手のためになると信じているので、従わない選択をする人を脅し、罰を与え、褒美を与えることは、自分の権利、義務、道義的責任であると信じている。私たちは外側から動機づけられるというのが、これらの信条の基盤にあるが、これはまちがっているのではないでしょうか。 (さらに…)